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最近、ずっと読みふけっている「マネジメントの正体」の本ですが、またもや面白いと思える部分があったので、早速アウトプット。
第4章にある、「コミュニケーション」の一節に、「『聞こえる』と『聞く』はまったく違う」という項目がありました。
皆さんも遭遇したことがあると思います。
話をしているのに、携帯をポチポチ打って、「聞いてください」と声をかけても、「聞いてるよ」と返答を返すような人。
もしくは、提案を含んだ話をしているのに、まったく違う話に持って行き、「あぁ、自分の話なんか全然耳に入ってないんだな」と思いつつ、一応聞いてて話だけは覚えてはいる人。
こういう人に遭遇すると、どうしても「あぁ、自分の話なんかこの人は話半分にも聞いてくれないんだな」と感じてしまい、人と人のコミュニケーションに支障を生じさせることは、話を聞いて欲しくて駄々をねだる幼稚園児でもわかります。
「マネジメントの正体」では、これらを「聞く」と「聞こえる」で分けて解釈している。一節を引用させていただこう。
「聞こえる」というのは、音の響きを耳で拾っているだけだ。「聞く」ということは、聞こえた音を理解することだ。つまり、聞くためには注意を払い、解釈し、音の刺激を記憶することが必要だ。
更に、この本では、どうやって話し手の言葉から、相手が話したい内容を聞き出し、意図された意味を把握できるかを8つの方法として掲載している。
以前も、記事に書いたことがあるが、小生はどうしても年齢的にも、話し手の立場になった際に、上のどれかの行動をとられる確立が非常に高い。
最も多いのは、アイコンタクトと、話を遮る人にぶつかること、そして話しすぎる人に遭遇することだ。
どれも説明は簡単だ、アイコンタクトを取らない人は、完全に見下している。「こいつの言うことなんか流していい」。そんなこと思っていいないとしても、こちらが感じてしまえばそれまで、その人にそれ以上話をしても無駄だと感じてしまう。
話を遮られる、話過ぎる。これは立場の上下関係をはっきりさせたい人に多い。「私の方が立場が上なんだから、お前の話なんか適当で良いし、俺が話した方がいいだろう。俺が立場が上なんだから。」簡単にまとめてしまえばこんな感じだ。自分が組織を形成していると、何とかして示そうと躍起になる人にとにかく多い。
小生も、もうすぐ後輩が出来るような年齢に差し掛かる。「人に使われる人間は使うようなる」とどこかの名言を耳にしたことがあるが、自分がマネジメントをする立場に立ったときに、
「自意識過剰にならない。他の人のおかげで、自分が回っていることを理解する。」
「他人の意見を取り入れ、理解し、結果に残す」
この二つだけは、マネジメントだけでなく、人間関係を良いものにする一つの課題として、今後も頭に叩き込んでおこうと思った。
厳密に言えば職務じゃない、しかし、組織の活動に貢献するような自発的行動を示す従業員のことを「Good citizen(よき組織人)」と呼ばれることがある。
自分のすべきことを理解し、もう一歩先を自分視点ではなく、組織視点で見据えることのできる人間だ。これは半分は生まれ持っての能力であり、半分は環境による影響と北米では証明されている。
「生まれ持っての」といえば何か差別的な意識が見えなくも無いが、「人当たりがいい」、「接客が上手」、「かゆいところに手が届く」。全部、遺伝子的な部分で決められているという研究結果が出ているらしい。(小生自身は意識の違いでどうにでもなると思っているので、ここは反発させてもらったが。)
では、自発的行動者 - Good citizenの行動とは具体的にはどのような物だろうか。スティーブン P. ロビンズの「マネジメントの正体」では、
これらは全て、職場の環境に左右されるものだと考えられる。どれもこれも、超善人で無い限り。決められたことを決められた分量行うというサラリー精神満々の人間と環境では到底ありえないことだと思う。
「マネジメントの正体」では、次のようにも述べられていた。
よき組織人としての行動を活性化するために、マネージャーは従業員に何ができるだろう。答えは「人を公平に扱うこと」だろう。
もちろん、この公平という言葉には非常に大きな意味が込められていると思う。自身の意思を公平に共有する環境、会社の目的や目標を公平に目指すことのできる雰囲気。差別的な行為をしないとか、給料を見合った額支払うとか、そんな細かい問題ではないと思う。
全て、知らず知らずのうちに不公平を生み出している部分が必ずある。完全無意識かのうちに、自分の道を自分一人で進むべきものへと変換している人が多いと感じる部分でもある。
小生は、この本を読んでの部分もあるが、可能な限り他人と自分の得るべき対価や評価、プロジェクトに関しては公平な立場で本当の意味での「仲間」と分かち合って行きたいと、常々考えている。
どんなマイナーなビジネス書でも言ってることだけど、利益って奴が生まれる前には必ず泥臭い夢物語から入る。当たり前だけど、利益だけを重んじたビジネスなんてうまくいくわけが無い、
「●●をしたい、やりたい、広めたい。結果利益が出た」基本この流れだし、その流れに逆らえるのははせいぜい裏社会の人達だけだろう。
コカコーラの本を今読んで思ったけど、どんな馬鹿な学生レベルの人間だろうが、前提の「やりたいこと、なりたい自分」がしっかりしていれば、つまらない仕事からでもその自分像を描きながら仕事ができる、現状がダメだから将来もダメだと考えるような奴は屑だ。言い訳以外何もできない。
何故、多くの著名人や歴史上の人物が「志を高く持て」と説いているにも関わらず、いちいち低く見積もる奴が居るかも理解できない。彼らに反論できるだけの人生でも歩んできたならまだしも、その数十年で過去の偉人にはむかう度胸も俺は持ち合わせていない。
結果、自己実現への意欲と利益獲得という構図は常に「=」何だと思う。個人の向上心無しに、企業の向上などありえないのだ。
「企業」とは自分で歩いていくわけじゃない。「個人」の集まりであり、その「個人」の満足無しに、「企業」の満足などもありえない。なんとも自分勝手なつぶやきでした。
「将来への高みは常に高く持ちなさい、そして、日々の足元のことをしっかりとやり遂げることこそが、その志に到達する最も近道なのだ。」この言葉は、阪急電鉄創業者の小林一三氏の言葉らしいのですが、本書に紹介されていたのでご紹介。 今やっていることが必ずしも自分の目標と被らないかもしれません、しかし、日々自分の目標を忘れさえしなければ、日々の雑務でさえ、自分の目標へのプロセスに見えてくる。きっとそういうことなんだろうと勝手に解釈しています。
「なぜこの仕事を選んだのか」と聞くと、彼は「コカコーラのロゴの入ったユニフォームを着て、仕事がしたかった」というのです。社内ブランドと言う人も居ますが、これは大手だからというわけではもちろん無いと思います。自分が企業の一員であると同時に、その会社で働いて本当に良かったと思ってもらえる会社。めちゃめちゃ理想ですね。ただ、これを頭に入れている社長や上役はなかなか居ないと思います。 楽しんでほしいとか、幸福になってほしいと社員に向けて発言する人も少ないですし、それ以前に、自分達が会社を作っているという意識が社員に伝わっていない所が絶対に多い。
さて、「やっと読み終わったのかよ!」と突っ込まれるかも知れないが、これが小生の読書スタンスだ。小生は、速読のスペシャリストを「凄い!」とは思っても「こうなりたい!」とは思っていない。
「人は合理的に行動するものである」。 そんなバカな、とお思いだろうか。人はタバコを吸い、ギャンブルに興じる。愚か者は恋に落ちる。会社はまぬけが経営する。大都市の近郊はこれといった理由もなく地価が急騰し、バブルが崩壊する。これらのいったいどこが「合理的」だというのだろう?小生は、「人」という世界の不思議を解き明かそうとする本が大好きです。



カナダのバンクーバーに渡り、早3年目に突入。移民を控えながら、日々、カナダのWEBマーケティングについて、製作現場から悶々と考えを巡らせる日々。この多人種国家で、様々な人と出会い、色々なことを学ぶ小生の気ままなメモ的なブログです。
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